“神童”ダイスラーのその後。 | 楽しい楽しいバイエルン・ミュンヘン

公開日:2004/04/10
“神童”ダイスラーのその後。

世の中、どこにでも“神童”がいるものだが、そう呼ばれるのはせいぜい10代半ばまで。神童サマの大多数は20歳になるかならない頃、“普通の人”に後退するというのは常識である。例外はマラドーナだが、それは頭の中身が子供のままだったからだろう(ファンの皆様、ゴメン!)。
そういえばドイツにも神童がいた。バイエルンのセバスチアン・ダイスラーである。あの気難しい賢人ギュンター・ネッツァーが「ドイツ最大の才能」と褒めたくらいだから、順調に育てばベッケンバウアーやバラックを凌ぐ大選手になる可能性を秘めていた。
15歳でボルシアMGの寮に入り、以後はサッカー中心の生活。プロ契約が可能となる18歳当時、リーグ18チームのうち17チームから入団のオファーが届いた。結局、MGとヘルタ・ベルリンでプレーしたが、ガラクタばかりの集団ではダイヤの原石が磨かれるわけもない。というわけで間もなくバイエルンに移籍し、新たな活路を見出す。
キラ星のスター軍団に加わったのだから、これで大化けの条件が整った。だがコトはそう上手く運ばなかった。昨年11月、ヘーネスGMに電話を入れるや、泣き叫んだ。「オレ、もうダメだよ。助けてくれ!」
鬱病だった。すぐさま市内のミュンヘン市内にあるマックスプランク研究所精神科に入院、治療が始まった。
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世の中、どこにでも“神童”がいるものだが、そう呼ばれるのはせいぜい10代半ばまで。神童サマの大多数は20歳になるかならない頃、“普通の人”に後退するというのは常識である。例外はマラドーナだが、それは頭の中身が子供のままだったからだろう(ファンの皆様、ゴメン!)。

 そういえばドイツにも神童がいた。バイエルンのセバスチアン・ダイスラーである。あの気難しい賢人ギュンター・ネッツァーが「ドイツ最大の才能」と褒めたくらいだから、順調に育てばベッケンバウアーやバラックを凌ぐ大選手になる可能性を秘めていた。
 15歳でボルシアMGの寮に入り、以後はサッカー中心の生活。プロ契約が可能となる18歳当時、リーグ18チームのうち17チームから入団のオファーが届いた。結局、MGとヘルタ・ベルリンでプレーしたが、ガラクタばかりの集団ではダイヤの原石が磨かれるわけもない。というわけで間もなくバイエルンに移籍し、新たな活路を見出す。

 キラ星のスター軍団に加わったのだから、これで大化けの条件が整った。だがコトはそう上手く運ばなかった。昨年11月、ヘーネスGMに電話を入れるや、泣き叫んだ。「オレ、もうダメだよ。助けてくれ!」
 鬱病だった。すぐさま市内のミュンヘン市内にあるマックスプランク研究所精神科に入院、治療が始まった。

 統計によればドイツでは国民の3~5%が鬱病に苦しんでいるという。ダイスラーは少年時代からとにかく真面目な性格。寮生活では「思春期を犠牲にした」し、クルマや預金通帳には「興味がない」。度重なるケガと長期入院では、「焦りが先行することもあった」。
 バイエルンの取り巻き(ファン、マスコミ)は、いつまでも満足に活躍できないダイスラーを事あるたびに責め立ててきた。そしてついに、そのプレッシャーに押し潰されたのである。

 幸い、病気の治療はうまく進み、間もなくピッチに復帰するようだが、具体的な日程は決まっていない。本人は当初、「期待に応えるより、修道院で聖書を読んで、再び本当の自分を見つけたい」と心情を明かしていたが、今年、妻が双子を出産し精神的にずいぶんと落ち着いてきたようだ。

 神童とは天才の代名詞である。それは頭脳か肉体の優秀さでのみ判断される。しかしこの世界、強靭な精神力が伴わなければ、ただの“素質の塊”だけで終わってしまう。今はダイスラーがそうならないようにただ祈るだけである。